Music and Me


c0195804_2129199.jpg

私はふだん、音楽を聴かない。
というよりも、音楽を欲しない。
持ち歩くiPodを使うのは、車の中と電車の中だけ。
自分から聴こうと思う時は、ほとんど意識的に外の音を遮断したい移動中のみに限られる。
仕事で音をさんざん聴いているから、という言い訳は
仕事をしていなかった1年半余り、音楽ナシ生活でヘッチャラだった事実からも通用しない。
プロデューサー失格である。

自然にそこにある音が好きだ。
生活音、車が通る音、人の話し声、木々が風にゆれる音・・・

ただ、その音たちも、時として明確に実音で聞こえてしまうことがある。
平たく言うと、ドレミで聞こえてしまう時がある。
日常的な雑音や救急車の音、踏切の音、人の話し声、、、
そのどれもがドレミで聞こえてしまう瞬間は、本当に煩わしい。

その感覚が、絶対音感の最たるものだということを、実は大人になるまで知らなかった。
というよりも、誰もが持っているものだと思っていたから
それが特別な能力であることに気づいていなかったのだ。
私にとって、ドはド、ミはミ、ソはソだから。

ところが、こいつは日常生活においてはまったく役に立たないどころか
むしろ弊害すらあるので、永久に封印中である。
生きていく上ではまったく必要のないもの。
ふだんから、あまり意識しないようにしている。
意識していなくても、感覚はその意識をすり抜けていってしまうのだけれど。

きっとこれは、音楽をクリエイトする側、つまり私が音楽家であったとしても
あまり役に立たないものだろう。(主観的な意見だが。)
というよりも、これが無くても音楽家になれるし、実際、たくさんの素晴らしい方々が活躍している。
役に立つことがあるとしたら、耳で聴いた音楽を譜面に起こすのが楽なこと、それだけだ。
あとは、音叉の無いところで基準となる音がわかる、それだけかな。

もう本当に、難儀なことだらけ。
煩わしくてたまらないし
一度認識した曲を移調することへの抵抗がものすごくあるし
歌謡曲の歌詞がまったく耳に入ってこないのも、このせいであることに最近になって気がついた。
音が真っ先に立体的に頭の中でめぐってしまい、おまけに色までついてしまうので
歌詞が入る隙間が無いのだ。

絶対音感や色聴といった共感覚の持ち主は
みんないったいどう対処しているのか、とても興味がある。
たぶん私の場合は、せめてもの抵抗として
必然的に耳に入ってきてしまう自然にある音以外の音をあえて聴かない、ということを
無意識に選択しているのだろう。

とはいえ、音楽そのものを拒否しているわけでもない。
拒否していたら仕事ができない。
これがまた、言葉で表現するのが難しいのだけれど。

なによりも、私の仕事に必要なもの、それは
アーティストの立場、主催者の立場、技術スタッフの立場、聴衆の立場を理解した上で
いかにバランスよくそのすべてを満足させるオーガナイゼーションができるかどうか
そしてそれを総合した結果、企画者として伝えたいことをいかに明確に打ち出せるか
これに尽きると思う。
企画力の精度が問われ、ネゴシエーション能力が試される世界だ。
みんなが Happy になれるように、いかにスマートに核となって立ち回ることができるか
それには、常にいろいろなことにアンテナを張って慧眼と直観力を養い
すべてに気を配りつつ、即断即決力も磨いていないといけない。
一見華やかな世界に見えるけれど、裏方の仕事とは実にシビアなものだ。

音楽能力がどうこう以前に、必要なのは、これら。
私もまだまだ、できていない。

・・・とエラそうなことを言っておきながら、一方で正直な気持ちはこうだ。
私は、アイディアをゼロから形にしていって、いろいろな人と良いものをシェアすることが好きだ。
みんなで力を合わせて、同じ目線でひとつのゴールに向かって全力疾走すること、
その時間と感動を、多くのひとたちと共有すること。
今まではその対象が、たまたま生まれた時から身近にあった音楽にすぎなかったのかもしれないし、それを専攻したのも、仕事にしたのも、たまたまだったのかもしれない、と。

もっともっと、その対象を広げたい。

私にとって、音楽は特別な存在ではあるけれど
No Music No Life ではけしてない。
むしろ、No Friends No Life,  No People No Life だ。
そのどれもが、協力してくれる人がいなかったら、できなかったことだから。


今、目の前に、テレビ番組を作るチャンスが転がっている。
興味津々の、ドキュメンタリー制作。
業界は違えど、プロデュースに必要な強い気持ち、熱意は、同じ。
求められる企画力も、同じなはず。

あとは、タイミングと嗅覚。
良いものをかぎあてる嗅覚を、もっともっと磨かないといけない。

さて、何を提案してみようかなぁ。


+++


別番組ではあるが、国内外で活躍する日本人にスポットをあてる老舗番組で
昔、一緒に仕事をした音楽家がフィーチャーされることを偶然知った。
15歳で単身渡英した彼は、いわば逆輸入状態で日本に活動の場を求めた。
すでにヨーロッパでは活躍していたが、当時日本ではほとんど無名だった。
日本の音楽事情にについては、右も左もわからないといった様子だったのをよく覚えている。
初対面では、お父さんと一緒だったな(笑)。とても微笑ましい親子だった。
とあるプロジェクトで招聘していた関係で、私はいろいろと彼の質問に答えたり
同世代の友人としてなぜか身の上相談に乗ったりもしていた。
案の定、ものすごく才能のある人だったので、その後はもう飛ぶ鳥を落とす勢いで大躍進。
現在では世界の注目を浴び、引っ張りだこのアーティストになっている。

ちょっとクセはあるがもともと人懐っこい性格の持ち主で、どこにでもすぐに融け込んでしまう人。
折にふれて、ロンドンに来るように誘ってくれていたのだが、10年前を最後に訪れるチャンスも無く
私が仕事を辞めてからはすっかりご無沙汰だ。

この番組出演を機に、一躍ビッグネームになった日本人は数多い。
以前は売り込みをかける側だったのに
現在はこの番組を制作するプロダクションに籍を置いている私。フシギ。
そして偶然にも、次回、彼が取り上げられることをこのタイミングで知るフシギ。


めぐりあわせとは、不思議なものだ。
さほど大差ない年齢なのだが、勝手に母のような気持ちで番組を観ることにしよう。


c0195804_213055.jpg


そういえば。
オリンピックを観ていて想うこと。
昨シーズン、ウィスラーでスキーガイドの仕事に誘われたことがあった。
メインの仕事は別にあって、サイドとしてガイドをすることが条件だった。
なかなかウンと言わない私を連日熱心に口説いてくれた人がいたのだが、
技術云々以前にスキーガイドをしている自分がまったくイメージできず、加えて
他に優先すべきことがあったので、メインの話そのものを断った。
今でもまったく想像できないし、むしろとまどいを先に感じたので
受ける話ではなかったのだと思う。

もし受けていたら、今ごろ私は現地でオリンピックを体験していたのだろうか、と
今となってはどうでもいいことをふと思ってしまった。


頭で考えるよりもまず心がワクワク湧き立つかどうか、
人から言われてハっと気がついたことなのだが
これが、私の中でのGOサインの基準なのかな、と感じている。

その選択に、後悔は、ない。

そして
いつも、いつでも
心がワクワクする何かを追い求めている自分が
確かにここにいる。


c0195804_22103.jpg

              @ Rainbow Park, Whistler           photo by K
[PR]

by yuru-life | 2010-02-20 00:02 | Life  

<< Having a peacef... Happy Olympics !! >>